11月3日
休日だというのに午後はずっとワンオペだった。ありがとうもおやすみもなく、無言で寝室へ行く夫。私も仕事お疲れ様って言ってないから同罪か。最低あと2週間はこのままだろう。無言。私も口を聞きたいと思わない。家族のことを考える余裕もないほどに仕事に追われている人に、話したいことなんてこれっぽっちもないのだから。
日記に書きたいことはちょこちょこ浮かぶんだけれど、メモをとる隙もなくいそがしい。そしてそのまま忘れる。ああ、こんなはずじゃなかったのに、という毎日。
11月10日
久々の日記になってしまった。書いていない間もいろいろとあったはずなのに、思い出そうとする気力がわいてこないぞ。
昨日ふと、頑張るのをやめようと思った。言い方は悪いけれど、どうせ私は何もかも中途半端なのだ。良い母親にはなれないし、片付け上手にもなれない。苦手な家事もたくさんあるし、仕事だって理想は高いしやればできると思ってるところが痛すぎる。見た目も秀でるところなし。おしゃれ眼鏡買ったけれど目が小さくなっちゃうし。
こんなに中途半端なら、全部中途半端でいいや、だから頑張らなくても良いや。ちゃんとしたくて頑張っているけれど、どんなに頑張っても中途半端なのだ。だったらあんまり頑張らなくて良いんじゃないか。結果は大して変わらないのだから。
整えるべきは、身の回りの物事よりも、自分の精神だ。映画を見たり何かを書いたり、好きなことをする時間をもっととったら良いと思う。
今、キッチンや冷蔵庫内の整理整頓を頑張ろうとしているけれど、一旦忘れたい。ずっと忘れてても良い。いい加減やらな!と思った時にやればいい。何時間も悩むなんてバカらしいことなんだから。
11月11日
「秘密」と言うと、息子が「ひみつのばいばー?」と聞いてくるのが可愛い。
11月12日
うちの子たちはどうしてこんなにもおしゃべりなんだろう。子どものお喋り相手という仕事は、なかなかの重労働である。
そんな私自身も、大変おしゃべりな子供であったという自覚はある。学校から帰るなり母に一生懸命今日あった出来事を一から十まで話した。しかし夕食を作りながら聞いていた母はと言うと、こちらを見もせずにふーん、くらいの反応しかしない。それでも大抵の場合は話したいことを誰かに話せた満足感が勝り、母の態度は気にならなかった。ただまれに、ちゃんと私の話を聞いてよ!と怒ることもあった。今ならわかる。母の気持ちが。毎日毎日私のとりとめのない話を聞かされ続けた母の気持ちが。そのような態度になってしまうのも仕方ないと今なら思える。
親の気持ちがわかったところで、子どもの気持ちも想像してみよう。
①純粋にお喋りが好きだから→私もそうだ。遺伝か。
②自分に起きた出来事や見たこと聞いたこと全てを言葉にして整理してる→成長過程でとても大切なことだ。私が一生懸命に話を聞くことでより良く育つかもしれない。
③お母さんに自分を見て欲しい→私が子どもの頃母にお喋りしていた理由は多分これ。4人兄弟の長女であまり手がかからなかったからか結構放置だったと思う。純粋に寂しかったのかな。愛情を求めてたんだと思う。
愛情を求めている。そうだ。これだ。子どもたちは、私の愛情を求めているんだ。たくさんたくさん愛しているけれど、愛して愛しすぎることなんてないのだから、この世でたった二人の自分の分身のような子どもたちにもっともっと目を耳を体と心を向けて、愛を伝えていかなくっちゃ。こんなポンコツな私のことを無条件で心から愛してくれているのは子どもたちだけなのだから。
11月13日
娘「⚪︎⚪︎ちゃんがいちごがりにいったんだって。あれ、ちがった、なんだっけ、わすれたけど”なんかのがり”にいったんだって…」”なんかのがり”…可愛い…。
11月14日
息子「うんちでた!」私「いっぱい出た?」息子「うん!おおもりでた!」うんち大盛り一丁あがりっ!
11月15日
岸本佐知子さんの『なんらかの事情』を読んだ。岸本さんは妄想力が桁違いだった。目の前にあるほんの些細なことやふと頭に浮かんだことを、ものすごい妄想力で壮大なストーリーに作り上げていく…ダースベイダーも夜には横になって寝るのか?とか。ふと思ったことについてひたすら妄想を繰り広げて文章にする、というのはやってみたいと思った。映画のレビューでもそんな妄想を書いてみるのも面白いかもしれない!
11月16日
大きなフレームに憧れてまん丸眼鏡を買ったんだけれど、眼鏡をかけている時の目がちょっとばかり小さくなってしまった。弟に大きなフレームは目が小さくなると教わったものの、今回購入したフレーム以外に気に入るものがなかったのだ。そして教えの通り、本当に目が小さくなっていた。眼鏡をかけたまま上を向き、その体勢のまま正面の鏡をみると、歪みすぎて怪獣ののような顔になっていて笑ってしまった。眼鏡って、ここまで目元を歪ませてしまう代物なのだ。本当はもっと大きな眼鏡が欲しかったのだけれど、そんな眼鏡は一生かけることができないのだと思うとちょっと寂しくなった。36歳にしてやっと気づいたこと、それは、世間で大きな眼鏡をかけて可愛い人はみんな、伊達眼鏡なのだろうということ。まぁ、いっか! 目が小さくなって多少の歪みを感じる顔になってしまうけれど、今回新調したまん丸眼鏡自体は大変可愛いのだ。と、自分をどうにか納得させて、これからも歪んだ目元で生きていこう。
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娘が動物園に行きたいと言い出した。結局行かなかったけれど、動物園というワードでふと思い出した。上野動物園に行った帰り、娘が「したのどうぶつえんってどこにあるの?」と言ったことを。なるほど! 子どもにしかできない発想をここに記録しておく!
11月22日
子供の成長って、すごい。そんなこと前から知っているし感じているのだけれど、改めて思う。すごい。7月からスイミングに通い始めてはや4ヶ月。初回は早く行きたい楽しみ! だったのに2回目は行きたくない! と涙涙。3回目も少し涙。4回目くらいから突然何かが吹っ切れたかのように、行ってきま〜すとプールへ。これは我が子に限ったことではなく、新しく入った幼い子は大抵同じような感じで慣れていく。
11月26日
息子の3歳半検診の時に指しゃぶりのことを相談したら、カラスやにわとりの写真を見せて、こんなふうに長いお口になっちゃうよ〜! と脅してみるのもアリと教わったので、最近ちょこちょこ試している。残念ながら、別にいいもん! みたいな態度なので、あまり効いている様子はない。今日は息子がはらぺこあおむしの絵本を読みながら「〇〇もあおむしみたいにちょうちょになりたいなあ…だから、ゆびすってもいい?」と聞いてきた。ちょうちょになりたいなあ、までは、なんて可愛いこと言うの〜! と思っていたが、そうか、ちょうちょも口が長いもんね。もう、ちょうちょになれた良いね、と思った。
11月27日
AIの文章力の凄さを思い知った日。そしてそれに大変助けられた日であり、その事実を受け止めきれなくて大変悲しい気持ちにもなった日。
11月29日
「今日の私を幸せにする」を目標に日々を生きることに決めた。
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