初めて人の死にふれた話。その1

小林麻央さんが亡くなったのとちょうど同じ頃。

私の祖父も、同じく癌が原因で、他界しました。

80歳でした。

その日のこと、そして祖父が亡くなったことに対しての感情を忘れたくないので、忘備録としてこの記事を書いています。

6月22日木曜日20時すぎ

仕事終わりに、同期と久々のご飯。

すると母から電話がかかってきて、祖父が緊急入院したとのこと。

ただ、今すぐ危ない状態になる、というわけでもなさそうで、祖父母と両親が同居している祖父母宅で飼っている猫のすーちゃんに餌をやって様子を見て欲しい、という電話でした。

父も母も職場からそのまま病院へ向かったようだったので、すーちゃんを溺愛している母からしたらすーちゃんのことも心配でたまらなかったよう。笑

まだ食事の途中で、同期に申し訳ないという気持ちもあったので、注文した料理をささっと早めに食べてから帰宅。

同日21時前

一度家に帰り車に乗って祖父母宅へ。

猫なのに(?)とってもさみしがりやなすーちゃんは、私が玄関を開けると階段からこちらを覗き込むように、そしてはやく餌くれと言わんばかりに階段を駆け上がって行きました。

急いで2階に上がり、大好物の鰹節と餌をあげました。

すーちゃんがご飯を食べている間一瞬その場を離れると、すーちゃんもご飯を食べるのをやめて私についてこようとしていました。

いつもは食事中に食事から顔を上げることなんてしないのに、よっぽど寂しかったのかな。

食事が終わったら、ちょっとだけ遊んで。

その後、病院へ行きました。

同日21時半頃

病院到着。

受付で祖父がどこにいるかを聞くと、集中治療室とのこと。

急いで集中治療室に向かい、部屋の前のインターホンで名前を行ったらどうぞ〜とのことだったので、2枚の扉を開けて中に入りました。

本当に入っていいのか?と不安になりつつきょろきょろしていたら、そんな私に気づいてくださった看護師さんが祖父のところへ案内してくれました。

祖父は意識はあり、少し会話もできました。

わたし「じーちゃん」

祖父 「おお」

わたし「どんな?」

祖父 「息がくるしい」

「さむい」

わたし「今看護師さんが息しやすいように機械付け替えてくれてるから、もう大丈夫だよ」

祖父 「うん」

うろ覚えですが、こんな会話を少ししたのち、お医者さんが来られて血液検査をするとのことだったので、一旦集中治療室を出ました。

集中治療室に入るための2枚の扉の間には、横にもう一つ扉があり、家族用の部屋と書いてあったと思います。

ふーんと思いつつそのそばを通り過ぎようとした時、そこから母が出てきました。

母  「ちょっとあんた!その格好で集中治療室入ったの!?」

わたし「え・・・?」

本当は、その2枚の扉の間にある棚に置いてあったマスクをして、手も除菌消毒して、鞄も置いていかなきゃいけなかったらしい。

でも前しか見てなかったから、横にあったその棚なんか目に入らなかったんだもん!

それに、看護師さんたちに何も言われなかったし!

その後、その家族の部屋でお医者さんに今後の治療について説明を受けました。

祖父はもともと、肝細胞癌でした。

8年ほど治療を続けてきましたが、治ることはないとのことでした。

また、昨年には、少しずつ別のところに転移しているという話も聞きました。

今回倒れたのは、肋骨周辺に転移していた癌が破裂して内出血してしまったからだそう。

今後の治療方法としては、まずは内出血が止まることを祈ること。

(いや、祈るのは治療じゃないですけど)

内出血している血を外に出しつつ輸血を続けていたのですが、自然に止まるのを待つ場合、止まればいいのですが、止まらない場合はもって2、3日だと。

祖父が飲んでいる薬に、血をサラサラにする作用のものがあったので、そもそもなかなか止まりにくいようでした。

そしてもし止まらない場合、肋骨周辺の癌を丸ごと取り除けば、とりあえず止血はできるとのことでした。

ただ、癌を切除することは体にかなり大きなダメージを与えます。

肋骨も3、4本取り除くことになるようで。

止血は出来ても、痛みが残り思うように体を動かせなかったりするのはつらいことです。

それに、今回の破裂がなかったとしても、祖父の命はそう長くはなかったようです。

なので、今仮に手術をして助かったとしても、回復するかわからず痛い思いをしたまま亡くなる可能性がとても高い。

同日22時半頃

両親、祖母、私の4人で緊急家族会議です。

選択肢⑴自然に血が止まるのを待つ

止まらなかったら2、3日で亡くなります。

選択肢⑵手術をして癌を取り除く

延命はできるけど術後の回復はあまり見込めず、痛い思いをしたまま余生を生きることになります。

さて、どうするか。

これがテレビのドキュメンタリーやドラマだったなら。

わたしは即答で⑴を選択していました。

⑵は、本人にとってつらいことだろう。

もう十分頑張ったんだから、これ以上痛い思いをさせるのはかわいそうだって、逝かせてあげたほうがいいんじゃないか、って。

でも、今回はテレビのドキュメンタリーやドラマではありません。

自分が今直面している、大好きな祖父の話です。

私は、100%の気持ちで⑵を支持しました。

正直自分に、そんな気持ちがあるなんて思いもしませんでした。

自分に関係のある話となると、こんな気持ちになるんだな、と。

祖父が痛い思いをしてでも、長生きして欲しい。

それは、単なるエゴです。

わかっています。

自分勝手だってわかってるし、祖父のためにもならないかもしれないけど、それでも大好きな祖父がすぐに死んじゃうなんて絶対に嫌でした。

せめて、心の準備というか、もっとたくさん話をしたり、祖父が行きたいところにつれていったり、優しくしたり、まだまだ祖父と繋がっていたかったです。

しかし祖母と父(祖父の長男、一人っ子です)は、⑴を支持しました。

理由は、私が先ほど書いた通り。

もう十分頑張った。

これ以上痛い思いをさせたくない。

残念だけど、祖母と父の意見を尊重するしかありません。

あとでお医者さんが戻ってきたら、そのように伝えることにしました。

同日23時過ぎ

祖母は体が丈夫ではなく、長時間病院にいたということもあり大変に疲れた様子だったので、一旦私は祖母を連れて家に帰ることにしました。

また危なくなったら、すぐに連れてくればいい、と。

祖母を連れて駐車場まで戻った時、母から電話があり、やっぱり危ないかもしれない、今すぐに戻ってきたほうがいいかもしれない、とのことでした。

急いで集中治療室に戻り、祖父のそばに。

祖父は意識がなく、半目でまばたきもせず、ぜえぜえと息苦しそうにしていました。

そばに寄って声をかけたりしましたが、反応はありません。

お医者さんから、体の他のところでまた異常があったんだろう、もう難しいです、といったようなことを言われました。

それからずっと手を握り声をかけ続け、しかし祖父は反応することもなくどんどん心臓は弱っていきました。

そして22日の23時38分、祖父は旅立ちました。

長くなってので、続きはその2で。

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