iPhoneから「ストレージがいっぱいです」と警告が出た。容量を増やさないとアップデートができないという。原因はわかっている。子どもが生まれてから、私は毎日のように小さな奇跡を撮り続けてきたのだから。
写真や動画の管理については、ずっとどこか心に引っかかっていた。でも写真に関しては、私なりの答えがすでにあった。毎月22枚、1年で264枚を厳選し、その写真を現像して、無印良品のアルバムに収める。データが消えても、このアルバムがあればいい。そう思える形にしてきた。それは、安心で、安全で、家族みんなでいつでも笑いながら見返せる「確かなもの」だからだ。
ただ、バックアップは「みてね」と現像だけ。iPhoneの容量も限界に近づき、さすがに考えなければと思った。MacとSSDに保存することに決め、方法を調べるためにChatGPTに相談した。すると最後に、こんな問いが返ってきた。
「あなたが一番怖いのはどれですか?
A)データ消失 B)容量不足 C)管理が複雑になること」
私は迷わずCだと思った。データ消失は、最悪仕方ないと割り切れる。写真は現像しているし、私自身も子どもの頃の写真が少なくても困っていない。今の時代は便利すぎて、何もかも残せてしまう。でも、本当はもっとシンプルに生きたい。データがあるから、残したくなる。現像したものしかなければ、それで十分だったのに。
そう打ち明けると、こんな言葉が返ってきた。
「『残したいから残す』ではなく『これだけあれば私は大丈夫』と決めておく。」
その一文に、はっとした。私はすでに現像という形で、「これだけあれば大丈夫」を決めていたのだ。それは間違いではなく、私にとっての正解だったのだと、静かに肯定された気がした。
たかが写真の保存の話。でも、これはきっと生き方の話でもある。これから先、複雑で迷うことがあっても、「これだけあれば私は大丈夫」と言えるものを決めて守っていけばいい。そう思えたとき、少し肩の力が抜けた。
便利な時代の中で、あえて線を引くこと。
それが、私なりのシンプルな暮らし方なのかもしれない。
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